To わたし

未来のわたしが読んでわらえる日記にしたい

わたしはわたしのままでいる

 わたしです。今日はこれの話をするよ。

 わたしは結婚したときに戸籍上の名字を変えました。そのときの話はこちら。

 

watash1.hatenablog.jp

 このときに、こんなことを書いた。

 ただ、今回この文章にはハッとしました。たしかに。転職しなければわたしは旧姓のままだけど、転職したら新姓を使うことになりますね。そうするとわたしは名実ともに旧姓とはおさらば……さみしいものがある、ような気もする。もしかしたら、通称使用を求めて旧姓のまま転職活動をしてしまうかもしれません。転職するなら、そのくらいのことを許してくれる会社がよい。

 結果、どう転職活動したのか? を書いておきます。次回のわたしと、だれかの参考までに。

結果いまどっちの名字使ってるの?

 旧姓です!

 理由に明確なものは全然ないんだけど、「仕事」という枠組みをそもそも旧姓ではじめてたから、途中で変えることに違和感があったのが1番かな。あと新姓はやや珍しく、漢字などを説明するのがちょっと面倒くさい。一文字常用漢字じゃないしな。旧姓に対する愛着もあるといえばある。愛着というか現役でまだ1番使ってる名字だから、わざわざ認知度低いやつに変える意味ってある? という気持ちも強かったです。職業人生の連続性を保ったなどと言うとかっこいいけど、要は変えるのがダルかった。

転職活動中の名字

 ここがちょっと面白いところで、迷った末に、結局新姓で転職活動自体はやりました。

 これは、人事管理系の仕事をしていた友だちが、「採用のときになって戸籍の名前が違うって言いだしたひとがいてびっくりしちゃったよ! もっとはやくいってよ!」と言ってたのを聞いたことがあったからです。そのひとは、名字が「いかにも海外の感じで、差別的な取り扱いを受けることがあったので」というのが理由だったらしく、これはこれで地獄の話ですが、わたしとしては現場のひとを最初から困らせるのはちょっとアレかなと思って、とりあえず新姓でスタート。入力できる文字数に余裕があるときには()で旧姓を括ったりしてみたり、アドレスは旧姓のものだったりと旧姓使用希望を匂わせはしていた。なみだぐましいな……

 当然面接は旧姓でやることになるので、まあ違和感ある。が、新鮮でこれはこれでおもしかった。普段戸籍上の姓で呼ばれることがまずないので、ふたつ名字を持って生きているぞ! という勇ましさを感じるなどもして、まあまあ楽しんだので、よい経験にはなったかな。

 ただ、面接のはやい段階で旧姓を名乗るべきだったかなとはやや反省。採用のされたときに希望をいえばいいやと思ってたけど、初回の面接の質問の段階で、「旧姓で働きたいんですけど」を打診しておけば、ダメな会社はこのタイミングでこっちから切ることができる。「旧姓で働けない会社では働かない(絶対にいろんなことに不寛容だからわたしとは合わん)」という軸も、転職にあたっては大事な軸だったなと後から思いました。次回に活かします。

いつから旧姓にした?

 結局入った会社は、初回の面接相手が社長という零細企業です。客先のひととも顔合わせする感じだったので、社長からの内定が出た時点で「旧姓で働きたいんだけどいい?」って聞きました(一応、あらかじめ決めていた「採用のタイミングできく」が来たと思った)。「もちろんOK! 客先にも言っとくね」とのこと、まあダメっていう理由はあんまりないよな。というわけで、それ以後はずっと旧姓です。極めてスムーズ。社長と人事系のことをやってくれている方以外は、会社でわたしの新姓を知っている方はいません。新姓を使っているのは保険証とか年末調整の書類くらい。これは旧姓を使ってた前職とも一緒です。ここも統一できると楽なんだけど、現行の仕組みだとまあしゃーないね……

 

 わたしの転職活動と名字の関係はこんな感じです。相変わらずとりとめがないな……

 たぶんまたそのうち転職しそうな感じがするんだけど(会社がそんなに長持ちすると思ってないので)、そのときも間違いなく旧姓をつかいます。面接のときだけがやっぱり悩みどころ、だけど、落とし所としては併記かなと思います。「旧姓(新姓)」っていうのがよさそう。

 選択的夫婦別姓が実現していればこんなにこちゃこちゃやらんでもいいんだけどな! そもそも法律婚をしたら名字を変えるというのがあまりにも効率が悪くていやんなっちゃうぜ!

わたしの身体の持ち主はわたしだと思うんだけど

 わたしです。QEをよく見ているからなのか、それともそういう年頃だからなのか、これまでに見聞きしてきて違和感があったことについてよく思い起こされる。

 このつぶやきがまさにそう、今日はこれをもう少しちゃんと掘り下げます。

 「結婚した相手がいいよって言ったら、ピアスをあけてもいいよ」と言われたのは、たぶん小学生か中学生のときだ。母は耳たぶにピアスをあけているのを見て、「わたしもあけてみたいなあ」と言った。そのときはふーんと聞き流したけれど、なぜか10年以上経ってもこの台詞を鮮明に覚えているから、ずっとひっかかり続けてきたんだろう。なんか変だなって。

 母がこんなことを言った背景には、おそらく母の母、つまり祖母の存在がある。母がピアスをあけたことについて、祖母はわたしの前でも「親からもらった身体に穴をあけて……」としばしば言っていた。つけているピアスを「それすてきやなあ」とほめているところを見たこともあったから、もう揉めてはいないんだろうけど、おそらく母がピアスを開けた当時、祖母は大反対したのだろう(なお、祖父がピアスについてなにか言っていたのを聞いた記憶がない)。母はピアスを開けるときに「わたしは嫁にいって、嫁に行った先がいいっていったんだから」と祖母をつっぱねたに違いない。本当かどうかはわからない。

 それで、母はわたしに「結婚した相手がいいよって言ったら、ピアスをあけてもいいよ」とわたしに言ったんじゃなかろうか。そこで「自分の意思でピアスは好きなだけ開けていいんだよ」と言えなかったのは、祖母の呪いの残滓かもね。

 いまを生きるわたしに「結婚した相手がいいよって言ったら、ピアスをあけてもいいよ」は違和感ありまくり。わたしは夫の所有物なのか? この身体はわたしのものなのだが? とバチバチにキレてしまう。痛そうだしとピアスは敬遠しているけれど、わたしがピアスをあけたら、母はわたしに「結婚相手はいいって言ってた?」って尋ねるんだろうか、ブチ切れちゃう自信があるな。

 今日したかった話はそんなところです。ほんと呪われてるなと思うんだけど、こういう呪いは連綿と続いてきたもので、今後も続いていくんだろうな……つれえ

 とは言え、わたしには一緒に呪いを解いてくれる仲間がいるので心強い。

 

 なお、母は「嫁に行く」という意識が強く(この世代ってみんなそんなもん? 50代後半なんだけど)、わたしのことも嫁に行ったと思っているらしい。確かに改姓はしたけれど、わたしは嫁に行った覚えはないが……

watash1.hatenablog.jp

 地味にムカッとするのが、わたしの実家方の行事のときに夫の名前を先に書かれること(葬式のときのお花とかね。わたし・夫・弟の3人で出したんだけど、名前の順番は夫・わたし・弟。いや、わたし・夫・弟かわたし・弟・夫にしろや)。わたしの実家方の行事なんだから、縁の深いわたしの名前が筆頭でよくない……? 夫の実家方だと夫・わたしの順で全く気にならないんだけどな。

生活の帳尻を合わせる

 わたしです。毎週言ってることだけど休みってサイコー。

 もともとの性分なのか、それとも週7日なにかがないとダメという思想の親に育てられたからなのか(おかげで毎日なにかしらの習いごとや練習がある子ども時代をすごした、泣いて抵抗したけどどうにもならんかったな……とそれなりにつらい気持ちにもなるが過ぎたものは仕方なし)、のんびりするというのがどうにも苦手だ。休みの日に家でテレビを見るなどしていると、「なにもやっていないな?」とモヤモヤしてしまう、そういう日に限って食事の用意もままならず、ピザなどを頼んでしまうと、状況はさらにわるい。ぐうたら過ごしてしまうのは、身体や気持ちがそうすることをもとめているからなので、なにもわるいことはない、そうわかっていても、「また無駄な1日を……」と思ってしまうことはとめられない。

 ただ、それなりにおとなになったので、わたしはこの不快感を自力で解消することができるんですよ。えらくない? だいたいこんな感じでやっています。前から順にハードルが低い。

野菜ジュースを飲む

 特に食事が炭水化物だけになってしまったときに有効。栄養がいろいろ足りてないなと思っていても「まあ野菜ジュース飲みましたし……」と最低ラインを突破した気になれる。

 問題があるとすると常に野菜ジュースをストックしておかなくてはならないことと(ストックがないとコンビニまで買いに出なくてはいけない)、野菜ジュースを過信して野菜を積極的に食べるのをサボってしまいそうになること。わたしは野菜がすきなので、積極的に食べていけるけれど、ひとによってはあまり向いていないかもしれません。

 似たような効果は青汁でも得られます。青汁、ホットでのむからなのか、オリゴ糖で甘くしているからなのか、普通においしいのみものです。本当に身体にいいかどうかは知らんが、いいような気持ちになれる。

宅トレにはげむ

 有酸素運動系の踊るやつがいいです。単純なもので、汗がでるとスッキリします。

 調子が悪い日は長めに踊り狂って、ストレッチもしてお風呂に入る。悪い日に長めにやるの? とは自分でも思うけれど、踊り始めると弾みがついて続けられるので意外とできます。すきなのはこれ、これ1本やっておけば大丈夫。


【決定版30分】これ1本出来たらOK!腹筋・背中・二の腕・脚痩せを一度にやり切る筋トレ!【痩せるダンス】

 そのあとにこのストレッチをやるともっといい。


【筋トレ前後用】疲れた足をサクッと癒す簡単脚ストレッチ【痩せるダンスの前後にも】#家で一緒にやってみよう

 翌日に筋肉痛があると、「昨日のわたしはそれなりにやったな」と思えるので、翌日にも効果が持続するのがよいです。普通に痩せるし筋肉もつく。

ブログを書く

 いちばんハードルが高い! 結局かけなくてもっとへこむこともあるけど、「書こうと試みたしな!」となれるので持ち直すことができることもある。まあダメなときはダメだから諦めような……

 

 たぶんだれにでもこういう、「帳尻を合わせる」としか言いようのない手段があるんだと思うんだけど、いまのわたしにあっているのはこれみたいですという話でした。

原因不明の不具合はだいたい物理層に原因がある

 わたしです。大掛かりな引越しを予定しているので iPad に間取りを入力してやろうと思い立った。指でも描けるけれど、できればペンで描きたいということで、寝ていた Apple Pencil を引っ張り出してきてペアリング、充電もばっちり! いざ描かんと思ったけれど、タップせどもタップせども反応がない。

 壊れた!? 放置しすぎたせい?

 そんなバカなと思いつつ検索、「Apple Pencil ペアリングできている 描けない」、出てきたページに「Apple Pencil は便利ですが機械なので壊れます!」というようなことが書いてあって意味なくブチ切れ、瞬間湯沸かし器なので。 ア? 喧嘩腰で別のページへ、どうやら設定をリセットするとよいらしいというわけですかさずリセットした。再起動。wi-fi繋ぐのめんどくせえええ、で、再トライするもうまくいかない。

 サポートに電話したくない一心で再度検索、出てきたのは「ペン軸が緩んでいませんか?」というサジェスト、恐る恐るペン先を触るとぐらぐらしている、これ動かないのがデフォなの……? 知らんかった……、急ぎ閉じる方向に回転させて画面をタップ、マジか、反応するじゃんか……

 というわけで今回の不具合はペン軸の緩みでした。どうしてこう物理層に対して、最初に「問題なし!」と決めつけてしまうんだろうな。今回は特に、充電もできていてペアリングも大丈夫だったので完全に油断していた。

 以前、会社で嫌いなおじさんに「パソコンがネットにつながらないんだけど、いろいろ試したんだけどダメで。システム部門に連絡したらいい?」と相談されたことがある。いや、一括管理のPCでそんなことある? わたしは普通に使えてるし、絶対個別に原因があるはず。「まずはケーブルでしょう」と確認すると案の定すっぽ抜けていた。本体につっこんで問題解決、ツメ部分が折れていたので抜けやすくなっていたらしかった。まあ本体を地面に置いているのが悪いよ。おじさんは気まずい顔、わたしは偉そうに「まずはケーブルを確認するところからですね」と言った。

 今日の行動を思い出すと、嫌いなおじさんと被っていて不快やら悲しいやら、神妙な気持ちだ。今回の反省は必ず次回に生かしたい、違いを見せつけていきたいので……だれに?

 Apple Pencilのペン軸は緩むことがある、解決しない問題の原因はだいたい物理層にあるから確認してから中身にうつること。

おしゃれになれるもんならなりたいわい

 わたしです。書けるものならおしゃれなブログを書きたいと常々思っている。残念ながらおしゃれに書けた記事など存在せず、だいたいうつうつとした気持ちと、会社や実家との折り合いのつかなさと、夫へのラブをとりとめなく記録しているだけである。

 おしゃれなブログとはなんぞや、アイキャッチに写真がバーンと載っていたり、タイトルが画像でつくってあったりすると、「おしゃれなブログだ!」とはしゃいでしまうな。写真を載せることに著しい抵抗感があり(たいしたことはないです、写真の情報量がおおすぎてくらくらしちゃうだけ)、ここでは実現しえないものだ。目的がはっきりした文章(なにかの紹介とか)を見るとおしゃれと思うのかもしれない。そういう記事を読むのはすきだし。

 私的なことを書いているからなのか、このブログには論理性のようなものはない。もちろん、この記事にもない。おしゃれなブログが書きたい、ということを言うだけ言って終わり。既に終わりそう、書きたいことがなくて。

 おしゃれと言えば、おしゃれな生活だってできるものならしたい。生活のことを書いているブログだから、そもそもの生活がおしゃれじゃなきゃおしゃれなブログにはならんという気もする。おしゃれなものを着ておしゃれなものを食べておしゃれな部屋で暮らしおしゃれに働きおしゃれに遊びたい。

 でも、わたしのおもうおしゃれな生活とは、自分の生活をこうしてインターネットに公開しなくても、満足できていることかもしれない。そんな仙人みたいなものを目指すのはしんどいのではないか? モチベーションが保てなくて自分用の日記をこの世全体に公開している人間が目指すものではないものではないか?

 まあでも、ひとまずは思い描く通りのおしゃれじゃなくてていいから、少なくとも部屋にコバエが無限に飛んでるのはどうにかしたいし、洗濯機の排水溝からドブのにおいが湧き上がってくるのもどうにかしたい(掃除してしめるところはしめて封水もちゃんとあるのになんで?)、キッチンも生ごみくさいのをどうにかしたい(ごみ捨てたんですけど……)、せめて。欲を言えば、作り置きした食べものをおいしさのあまり一瞬で食べないようにしたいよ。

9月9日日記

 わたしです。

 とても久しぶりに自発的に休んだ気がする。昨日の夜、眠気がひどくて9時に寝たのに目覚ましがなっても起きられなかった。頭がまくらから剥がれないので、「11時に行きます」と会社にメールして二度寝、結局9時近くまで起き上がれなかったので、これはだめだと観念して、「やっぱり無理そうなので今日は休みます」と再びメールを送った。

 流行病のせいで休む理由をこと細かに説明しなくてはならないのがストレス。特に夏場は頭痛がひどくて起き上がるとめまいがしてしまう日があること。今日がその日であったこと。普段であれば2時間程度で解消するところ、今日に限ってだめだったことを伝えた。ハーア。

 10時半ごろにようやく起きられたので買ってあった本を読む。頭が痛くならないちょうどよい本だった。はやみねかおるさんに育てられた世代(?)なので、ありがたく読み切った。

  夢水清志郎シリーズでわたしは青い鳥文庫デヴューをしたな。はじめて図書館に連れて行ってもらった小学校1年生のことだ。当時はちゃんと読めていたか記憶がぜんぜんない。たぶんもう少し大きくなってから読み直していたと思う。

  いまはKindleで全部買えるのか、すごい時代だ。

  パスワード通信探偵団シリーズも大好きで夢中で読んだ(37冊も出ているの知らなかった、わたしは何巻まで読んでたかな)し、テレパシー少女「蘭」も読んでた、 虹北恭助シリーズもすき、思い出せば出すほど、読みものに充実していた世界だった。もう一度読みなおしたいね。てか全部Kindleで買えるのマジでありがたいな……

 

  このブログは趣味で書いているけれども、仕事もメールとマニュアル作成が基本なので「文章教室」は初心に帰ることのできるいい本でした。読んだ上でこの文章か? と言われると立つ瀬がない、わたしには圧倒的に語彙力が不足している……すべてを「ヤバい」のひとことですませているから本当に気をつけたほうがよい。

 食欲のわかないままお昼を迎えて、おなかいっぱいになるまでたまごスープを飲んだ。再び頭痛、あわせて腹痛、しかたないので漫画を読む。しかたないということはないでしょうよ。

  遅々として進まない恋模様とギャグに癒されているうちに夜を迎え、ごはんをつくったりお風呂に入ったり筋トレをしたりしていまにいたる。まだおなかいたい。たぶん排卵日のせい。

 具合がわるくても好きなことをしてすごした1日はたいへん身体によく、こうして文章を書くこともできる。すばらしいことこのうえない。

なんだかんだ続いていてえらい

 わたしです。在宅勤務中だけど、全然やる気がでない。仕事自体はあとでやるとして、とりあえずいまやりたいことをやろうかなと思って書き始めた。出していない過去の下書きを読んだら結構おもしろく、出していないだけの理由はあるのだが、ちょっとやる気が出たからです。

  この初回の記事もすなおに書いてあってなかなかよい。自画自賛……

watash1.hatenablog.jp

  このブログを書き始めて1年半ほどになるらしい。書いた記事の数は、よくわからんが20件ぐらいありそうだ。頻度はまちまち、書いているときは毎日書く、だめだと月単位で平気で放置する。ときどきまじめくさってレビューをしようとして、失敗している感じがある。

 気取った文章はなおらない。でも、まだしんでいないし、過去の記事を読んでもそんなに恥ずかしくはないな。ずっといろんなことに苦しんでてかわいそうとは思うけど……10年後に読み返したいなと思っていて、いまのことを、いまのわたしを愛しくかわいいと思えればそれでよいです。

 ところで、最近は古賀及子 (id:mabatakixxx)さんの影響を多分に受けているような気がする(これはたいへんおこがましいコメント)。好きなものに影響をうけやすい人間です。すなおでかわいい。

mabatakiwosurukarada.hatenablog.com

 とは言え最初の記事を読んでもテイストはあんまり変わっていないなというのが今回の発見でした。なんだかんだいいながらちょろちょろ書いていてまあまあえらい。

 さて、単体の記事にするにはちょっとねと思ったものや、この先が書けないもの、もったいないから載せときます。

 しりの穴に自信がない

  わたしです。突然ですが自分のしりの穴に自信はありますか。わたしは猛烈に自信がない。夫もそうでしょう。そのため、わたしたちはたがいのしりの始末をしあう仲になることを約束しています(そう思っているのがわたしだけだったらどうしよう)。

 今日は冷蔵庫を買おうと思ったので、商品の下見に行きました。それから、はやめの夕食を食べて帰ってきたのですが帰り道に事件は起こった。

 猛烈にお腹が痛い。

悪口を言うのが大好き

  わたしです。「悪口を言うのが大好き!」と大声でしゃべりちらして歩いている人がいたらヤバいなと思いますので、ブログに書きます。わたしは悪口を言うのが大好きです。いばり散らして言うことでもありませんが。

 おまえに人権などねえ

  わたしです。仕事をしていると嫌なことにもあうもので、それはある程度は仕方ないということをわかっているのですが、どうしても許せないこともある。仕事は好きだがまわりのひとは嫌いで、しかもわたしの仕事はいまいるカイシャではないとできないことだから転職にも踏み切れず、うつうつとした日々を過ごしています。ただ、この状況を仕方ないとは諦めきれないので、自分の中での落とし所を以下の3つに決めました。

  1. 自分よりも多くの賃金をもらっているひとの無能により発生した仕事を理由に残業はしない
  2. もらっている賃金以上の仕事を与えられた場合には、相応の見返りを要求する
  3. 賃金相応の仕事ができず性格に問題のある人間に社内の人権などない

 自分でも書いていて悲しい。

 4月の異動により、わたしの部署にヤバいと評判のおじさんがやってくることが判明しました。もともとわたしの同期の上司だったのですが、3ヶ月で任免されチームひとり、つまり部下なし係長になったおじさんです。部下なしの係て。おまえはなんの長なんだ。

 これもまたしんどい話ですが、わたしがやっていた仕事を、そのおじさんが担当します。係員の仕事をまるまる受け継ぐ係長とは……? わたしの仕事が係長級だった可能性もありますが、だったら賃金をあげてくれよ。

夫が大好きです

 わたしです。夫がだいすきなので毎日いちゃついて暮らしています。近ごろ、パートナーだいすきブログやパートナーだいすきツイッタなども拝見するのですが、どのアカウントもエロくて困る。

子どもを産んでもいいと思う

 子どもを産もうと思う。もともとオリンピックまでにどうするか決めるつもりでいました。オリンピックの段階で、わたしは誕生日を迎えたばかりの28歳、そこからすぐに妊娠しても初産は28歳か29歳です。

 羊水が腐ると信じているから、選択できるので、産むならばはやくしたいと思っていた。

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 夫はたぶんまだ決めてない。嫌だと強く反対されたらやめます。だって、ふたりの生活は最高に楽しい、たぶんこの先もなにがあっても、ずっと楽しい。だけど、わたしは産んでもよいという覚悟が固まりました。強烈に産みたいわけじゃないし、まだ妊娠しているわけでもない、ひとがどうやって子どもを産むことを決めるか、あまりまとまっているところを見たことがないのですが、わたしの場合を残しておきます。


 というのを勇ましく2019年8月頃に書いて、そのまま止まっていたのを、1年近く立った今になって発掘して続きを書き始めた。今回も終わらないかもしれない。

 8月に「あ、なんか子ども産んでもいいかもな」と思って(文章は勇ましく書いたが)、オリンピックのチケットが当たっていたので、子どもを作り始めるにしてもそれが終わってからにしたいなと思っていた。夫とも話をした。夫はまだ「子どもか……ウーン……」という感じではあるものの、「育休は丸1年はとって一緒にやりたい」「子どもいたらこんな感じかなあ」と想像は膨らませてくれている。人間クリエイトなわけだし、お互いまだ子どもみたいなものだし(おとなになったという実感は全然ないし)迷ってあたりまえ、そもそもできないかもというのはある。

 なんで「産んでもいいな」と思ったのかを思い出してみようとするけれど、なにかきっかけがあったわけではない。ただ、突然なにもかもどうでもよくなった。「わたしが産んどきゃみんなよろこぶんでしょ」みたいな投げやりな気持ちも含まれている。実家からのプレッシャーに常にいらついていた時期があったのもまた本当のことだ。

 障がいを持つ子だったらどうしよう、というのはいまも思っている。わたしに育てる自身はない。出生前診断でわかったら、たぶん堕胎するんじゃないかと現時点では思っている。そして二度と子どもはつくらない。しかし、この判定は、いわゆる健常児以外には人権がないのか? と自分の感覚にもヒヤヒヤするが、こんなひとに優しくない社会に産み落とすくらいならば、わたしがわたしの手で殺してしまう方が、わたしにとって納得がいく。結局、子を産むことは強烈なエゴイズム、どんなにコーティングしようとその事実は揺らがないと思えたのは、気持ちが少し軽くなった。どうせわたしがわたしのエゴで産む。産んだ以上は子に対する責任があるし、一個人として尊重しなければならないとは思うけれど、産むまでは、全部わたしが

 とりあえず、セックスは避妊具なしにして自然に任せようかと相談していた矢先に、このコロナウイルス騒動が起こった。いや、いまから妊娠しようと思うのは無理だ、というわけで、オリンピックも延期になったし、いわゆる「妊活」は完全に頓挫しているところです。

 わたし自身も転職しようかなと思っているし、これはしばらくはないな。というわけで自分で産むと思ったときに初産は30歳を超えてからということに(ほぼ自動で)決まってしまった。いや、このまま子を自力で産むことはないかもな、とは薄々思っている。確率としては半々くらい。

 それでも夫といろいろ話し合って、

  1.  産むときは無痛分娩にする
  2. 育休はふたり一緒にとる(ためにも貯金はしておこう)
  3. 子どもができなくても不妊治療はしない

 などを決められたのはよかった。これよりも先のことは今後決めていけばよい。

無題

  わたしです。毎日暑いしジメッとしてていやだねえ……

 毎日、なんとなくつらい気持ちがあり鬱々とすごしている。よくないのが、ひとりになるとめそめそ泣いてしまうこと、在宅勤務しながら泣いて、お風呂につかりながら泣いて、夕ごはんをつくりながら泣いた。

 すべての原因は仕事にあることはわかっている。いまの仕事への愛着と、職場への嫌悪感で両側から引っ張られている感じ。仕事自体は好きだけど、職場(にいる人たち)が無理だ。無理な理由はいくつかあるけど、端的に言ってしまえば、絶対に上司になってほしくない。知識も経験もなくぼんやりとしてきたひとが上に座っているの、どう考えても無理でしょう。そのひとたちのおしりをぬぐい続けていて、いるのだけれども、ずっとなんだこれ? と思っている。しかし、他人なので、わたしが彼/彼女らを変えることはできぬ。次の4月まで異動はない。異動した先もいまと変わらない可能性は大いにある。しり拭い手当なのか、賞与の評定はずっとよい。でもこの評価も、彼/彼女らを標準とみなせばそうだろうね、という類のものでわたしの成果が認められているわけではない、むなしい。

 仕事を辞めようとしていること、それって本当にただしい? 後悔しない? 入るための倍率もとても高かったらしい。福利厚生も充実している、毎年の昇給もある、いまよりもおもしろい仕事も、やってみたい仕事もある。

 でも、もう身体の方が無理だ。

 

以上!